すっかり、どっぷり風邪引いた。喉が痛い。。今日のリハは、ゆるゆるリハにしてもらいました。でも、風邪を引いている割には、今日は手足はご機嫌さんで、リハのセラピストさんも驚かれたくらい、しっかり歩けていました。う〜ん、めずらしい。その後、リハの帰りに受付でリハDrと出会ったので、風邪引いたことを伝えました。扁桃腺はまだ赤くはなっていないけれど、私はアスピリン喘息で風邪薬が飲めない、おまけに葛根湯を飲むとのぼせてくらくらするので、トローチだけ処方してもらいました。

 で、家の近くにある調剤薬局に初めて行きました。「これ処方してほしいのですが、明日、身障手帳と医療証をもらってきます。今日トローチもらって帰って、明日、医療証持ってきてもいいですか? それとも明日でないとダメですか?」(保険請求は月1回だから、月の途中で医療証を変更するのはややこしいのです)と聞いたところ、「このトローチなら在庫あるから、明日にしてください」って。確かに私の医療証の問題なんだけど、私が痛みでしんどいのは「今」だってことが、薬の種類を見りゃ分かるでしょ〜。在庫の心配する前に、私の心配もちょっとくらいしてよ。というわけで、リフォーム屋さん・メガネ屋さんに次ぐ失敗事例となりそうなので、明日はもうここには行かない。

 リハのセラピストさんとリハDrの勧めで、嚥下造影検査(VF検査)を11月中旬に、リハ病院の本院の方で実施することになりました。まだ初期の嚥下障害だし、造影しても異常がでないと思うんですけど、と私の方からは伝えました。けれど、造影剤を飲む分なら喘息にも影響ないし、今現在の状況を検査して把握しておきましょうってことになりました。意識して検査したら、ちゃんと嚥下できそうな気がするから、意味ないような気がしないでもないんだけど。

 またリハDrから、左指がわずかに動くだけの筋ジスの方で、人工呼吸器をつけながら数学の研究をし、音声装置(詳細不明)を使って研究発表されておられる方がいらっしゃり、その方とリハDrがお会いされたことと、その方が書かれた本を持っているので今度それを読んでみてください、とのお声掛けがありました。私も休学中ですが、一応、大学院ドクター生なので、似たような病気の方が研究を続けておられることには共感を覚えます。数学も自然科学だから、「和製ホーキングさんですね」って思わずリハDrに言っちゃいました(^^)

 でも私は、人工呼吸器をつけるつもりはないんだけどなあ・・・。つけることが前提、つけることが当たり前と考えて下さっているDrの存在って、かなり希少だと思います。だから「私は人工呼吸器をつけるつもりはない」ということは今日は言えなかったなあ。いつまでも働く、そのために職業リハをするんだと応援してくださっているリハDrだから、余計に言えなかった。

 ついでですが、尊厳死と尊厳生(尊厳生という言葉はまだあまり使われていないけれど)の二元論で議論が巻き起こっていることに、私は疑問を持っています。その軸に、「権利」(生きる権利と死ぬ権利)と「義務」(生きる義務と死ぬ義務)という軸をクロスさせるとかなんとかして、二元論だけで生命倫理を考えることは避けてほしいな。今浮かんだのは権利と義務だけだったけど(権利が発生したら義務も発生するから)、他にも軸は考えられると思います。生きる権利・死ぬ権利主張先行型の現在の尊厳死論・尊厳死反対論にはちょっと違和感を感じます。なので、個人的には生命倫理尊厳死の本を読んでも、あまりおもしろいと感じないなあ。そもそも尊厳ってなんやねん、って思っているし。このあたりは私の苦手な「言葉を作り出し、言葉で議論する」社会学系のお話になるので、深く関わらないでおこう。社会学は問題発見の学問であるけど、問題解決の学問じゃないからね。

 あかん、喉痛いから寝ます。おっちゃん、トローチくれや〜。ドラッグストアで買ってきたらよかったわ。

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