先日、親方ALS病院の内科(呼吸器内科)へレスパイト入院の可否を聞きに行ってきました(OKをいただきました)。その時に、人工呼吸器(ベンチレーター)およびPEGをつけられたALS患者である親方(理事長)が、『自分で呼吸せんでいい。自分でメシ食わんでいい。こんなラクなことはない。』とおっしゃっているとお聞きしました。理事長は特別だけどね、と内科のDrはおっしゃっておられました。私もほんとに、特別というかすごい方だなと思いました。今でも理事長はお仕事をされておられます。

 私も理事長と同様、PEGをつけてからは、『自分でメシ食わんでいい』という思いを持っています。でも昨日、手の動きが悪く、エレンタールをかなり漏らしてしまいました(座イスがますます汚くなってきました)。こういうときは、PEGって不便じゃないって思ってしまうのですが、それでもやっぱりクチが疲れにくくなるので助かります。なのに口腔周りの筋肉は、ますます固くなっていくばかり。訪看さんにお願いしている口腔リハで、毎回、いじめられて・・・いえいえ、痛くて涙を流しています。

 『自分で呼吸せんでいい』この気持ちは、ベンチレーターをつけていない私には分かりません。でも私自身、徐々に呼吸がしにくくなってきたからか、このような気持ちを持たれる理事長に同調したくなります。でも、呼吸器内科のDrに、生死に関わる緊急時に私が運ばれた時に、周りがなんと言おうと、私の意思を貫いていただけるというお返事をもらってきました(呼吸器内科のDrは、あまり積極的にレスピレーターを勧めていないということでした)。また、私が作った事前指示書のコピーもお渡ししてきました。そして、一度カルテができたので、もう診察には来なくてもいいよ、お互いしんどいでしょ、とおっしゃって下さいました。

 私の意思ないしは気持ちに同調してくださったDrと、私は初めて出会いました。初診病院でオピオイドの処方がダメという結論になったら、こちらの(親方ALSの)病院に来てくださいともおっしゃっていただけました。痛がっている患者がいるのに、痛みを取ってあげようとしないDrの方がおかしい、ともおっしゃっておられました。オピオイドも副作用(特に眠気と便秘)があるから完璧な薬とは言えませんが、オピオイドを使って私の苦しみの1つである痛みを取ることに賛成してくださったDrとも、私は初めて出会いました。とてもうれしかったです。

 もちろん原疾患がALSなのだから、神経内科から出してもらうのが最も筋が通っていることには間違いないでしょう(リハDrもそうおっしゃっておられます)。でも初診病院でダメだったら、他にオピオイド処方のお願いにいくことができる神経内科を私は持ち合わせていません。あまり話題になりませんが、小児科、産婦人科のDrと同様、神経内科のDrもとても少ないのが現状です。なので神経内科のDrが常駐していらっしゃる病院を掛け持ちするということすら難しいです。

 今週の金曜日が初診病院の診察日です。その日に入院日を決め、手続きをしてきます。約2週間の入院期間で、オピオイドの結論も出るかと思いますので、その結果次第で親方ALS病院に走ります。どうなることやら分かりませんが、初診病院の回診時に、自分の意思表明をしてきます。

 あ、そうそう、話が全然異なりますが、関西メンバーで新年会をしたいですね。病院を抜け出して参加しようかな。1月こそ、みんなで集まりたいですね。いまごろビハーラでは、悪徳3人衆による夜の会合が開かれていることでしょう^^ 私もワルの仲間に入れてほしいなあ〜。
 

5 Comments

  1. ぽんた on 2009年12月7日 at 3:09 AM

    メール送りますね!どっちがいいか?とりあえず携帯のほうが早いからそちらから送ります

  2. hanfap on 2009年12月7日 at 12:34 PM

    >『自分で呼吸せんでいい。自分でメシ食わんでいい。こんなラクなことはない。』

    患者様の発言だそうですが物凄い表現でビックリしました。ひょっとして患者以外の方(医師・看護師・家族etc.)にも同じ思いが有るのではの不安が頭を通過しました。

  3. toyokosan on 2009年12月7日 at 5:40 PM

    hanfapさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

    >『自分で呼吸せんでいい。自分でメシ食わんでいい。こんなラクなことはない。』
    親方ALS病院と書いたのでご察しがついておられるかと思いますが、この言葉をおっしゃったのは、徳州会の徳田虎雄氏、つまり医師でありALS患者でもあります。「命だけは平等だ」をキャッチフレーズにして今もその存在感を仕事を通して見せていかれるのに、上記の言葉はご自身を奮起させるものでもあると私は思っています。

    患者にも医師にも家族にも、そういう思いの方がいらっしゃっても、私はちっともおかしくないと考えています。「人工呼吸器なんてメガネと一緒だよ」という表現もよく聞きますが、この言葉も上述の言葉と本質はあまり大差はないのではとも思います。どんな例え話でも、患者それぞれに応じて、傷つく方がいらっしゃればそうじゃない方もいらっしゃるでしょう。

    患者自身を励ますために使うのか、患者を見捨てるために使うのか、それはこの言葉を使う側に委ねられるでしょうね。でも、そう言われてどう感じるかは、患者側の気持ちの持ち方次第だと思います。支援者すべてが、患者の心に染み渡る言葉を投げかけてくれるわけではありません。ある方の生きていくための抱負が、ある方には傷ついて聞こえるかもしれません。

    患者も家族も医療職も福祉職もいろいろです。ご自分の心身を委ねられる、信頼できる人を今から1人でも多く作っておくことが大事かなと私は思っています。

    お互い、心身を委ねられる人をぼちぼち探していきましょう〜。

  4. gurigurimomonga on 2009年12月7日 at 7:13 PM

    「自分でメシ食わんでいい。こんなラクなことはない。」と言う考えを読んで、五感の意味を改めて考えました。
    栄養補給が別のルートで行われてしまえば、口を使って食べる喜びが失われるのでは無いかと感じたのです。自分に取っては、味覚を失うことになりますので、寂しさが募りそうな気もしました。
    ただ、人によっては人間は五感以上の感性があるとして、シュタイナーは12の感性を上げているそうです。
    # 1.触感・・・・自分と世界の「境界」に気づく
    # 2.生命感覚・・・・体調の良し悪しを感知する
    # 3.運動感覚・・・・体の動きを感知し、体で表現する
    # 4.平衡感覚・・・・重力場で方向づけをする
    # 5.嗅覚・・・・自らを空にし、満たされるにまかせる
    # 6.味覚・・・・選別し、体内に取り込む
    # 7.視覚・・・・大宇宙の光の世界を経験する
    # 8.熱感覚・・・・関心をもって世界に流れでる
    # 9.聴覚・・・・創造の力を解放する
    # 10.言語感覚・・・・他者の霊的活動を感知する
    # 11.思考感覚・・・・他者の思考の真偽を感知する
    # 12.自我感覚・・・・他者の境界域に入り、他者の自我と出会う
    (ヒロさん日記、「乏しい「5感」の世界から、豊饒の「12感覚」の世界へ 」から)
    そう言う分けで、人間は色々な感性を磨くことによって、無くされたものを補うことができるのかもしれません。私も、最近はボケと加齢臭気味な感性に活を入れて、充実した日々を前向きに送っていただきたいと思っております。では、、、

  5. toyokosan on 2009年12月8日 at 12:35 AM

    ぐりぐりももんがさん、ありがとうございます。

    もちろん、ALS患者である理事長も、経口摂取できればいいなあという思いは少しぐらいはお持ちでしょう。でもそれ以上に自分を仕事の中で奮起させるのに、マイナスをプラスと捉えられているのでしょうね。

    シュタイナー、久しぶりに聞きました。人間には12の感性があるのですね。ALS患者の方には、単純によく聞こえやすくなるという意味の聴覚が鋭い方を良くお見受けします(私は左耳だけ悪化していっているのですが…)。でも聴覚を創造の力を解放すると捉えると、もっと聴覚の世界が広がるような気がします。

    理事長も、創造の力を解放し(9)、他者の思考の真偽を感知し(11)、他者の霊的活動を感知し(10)、そして大宇宙の光の世界(7)を経験されておられることでしょう。
    自らの理想を追求するために、医師会ともガンガンやり合っている病院かつ理事長ですが、だからこそ、ALS患者になっても、そのミッションが新たなる感性を司ることになっているのでしょうね。

    私も感性に喝を入れないといけません。素敵な話をありがとうございました。

コメントを残す





日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)