今日になって、仕事のお相手先の関係者から、クレームのような、あるいは通告のようなものがあった。発注元である行政は御用納めでお休みだから、私だけで処理しないとどうしようもない。仕事に政治や強力な社会運動が絡むと、仕事の目的が見えなくなり、その他の関係者は訳が分からんようになる。半日以上かけて、専門家の方々などこちら側の関係者とメールをガンガン打ちまくり(指が痛いっちゅーねん)、こちら側の関係者の交通整理をしているうちに、せっかく下がってきた疲労による発熱がまたパワーアップしてしまいました。お陰で夕方から夜遅くまで寝込んでしまうハメに。はぁ、しんど。他の大事な仕事ができないじゃないの。

 マサさん、昨日の記事にコメントをありがとうございます。コメントを拝見して、感じることがとても多かったです。

 私個人的には、クリスマスやお正月、その他の国民的イベントが好きではありません。街のあちこちで、イベントの季節、特にお正月は「特別感」「非日常感」「ハレの日」(お正月がハレの日といえるのかどうかはちょっと疑問)といった“国民が常識的に感じなければならない感情・感覚”のようなものを植え付けられてしまうのが、どうしても好きになれません(昔は商売を通して植えつけている方だったくせにね^^ あ、それは今もか^^)。「あなたはもう○○しましたか〜、え?まだなんですか〜、世間はみんなやってますよ〜」的なニュアンスが、どーも好きになれない。国民運動的な刷り込みのにおいを感じてしまう。

 また、実家へ顔を出さないといけないなど、「△△しなければいけない」というものが多くなるお正月というのは、特にしんどい。身体も気持ちも疲れる。正直なところ、年賀状も書きたくない(今年もまだ書いていない)。まあ、年賀状は近況報告代わりに使えるから、私がALS患者であることを徐々にカミングアウトしていく手段にしていこう。身体が動かなくなり、そして仕事量・仕事先が減ってくれば、年賀状のお相手先も自然と減るしね。ちなみに私は、逝ってしまう前に、喪中ハガキは自分で自分なりのものを作っておく予定です(^^) これはちゃんと書いておきたい。

 加えて、気持ちだけでなく身体的にも、私はお正月のような国民的イベントから感じる圧力(プレッシャー)に耐えられなくなってきているから、余計にしんどい。私の身体のことをご存知の方からさりげない気遣いをしていただけるのはとてもうれしいけれど、逆にあなたは可哀想な人なのだから(過剰に)イベントを盛り上げて差し上げましょうという雰囲気プンプンで近寄られてくる方は苦手です。お互いが対等に盛り上がれるならいいのですが。とはいえ、夜の宴会に行く体力はもうないけど–。

 私は、お正月もほとんど日常通り・普段通りの「ケの日」でいたい。普段なかなか会えない人に久しぶりに会えたり、本を読む時間があったりする(残念ながら自宅仕事があるのでその時間がないのですが)というのはとてもうれしいことなので、そこから元気をもらえれば満足です。季節感のない・季節感を大切にしないヤツと思われそうですが、季節感はイベントを盛り上げること以外でも、いろんな方法や感受性をもって感じることができるから、私はそれで十分です。

 かといって、伝統・文化・風習・縁起・先祖・家族・親族・血縁等というものや、イベントそのものやそれを(盛大にないしは慣習として)楽しむことを否定しているわけではありませんので、あしからずご了承ください。私もお雑煮を食べるしね(お節は白砂糖だらけで食べられないけれど)。とはいえ、お餅は食べ方に気をつけないといけないけれど、白味噌は塩辛くないお味噌だから味噌汁を嚥下しやすいので、お雑煮は日常的に食べているのですが(^^)

 つまり、イベントを楽しむことを否定しているのではなく、マサさんのコメントを拝見して、「自分の心身サイズ」に合ったイベント(今回の場合はお正月)の楽しみ方があってもいいんじゃないかな?、そういう選択肢が許される社会(大きくは国という意味から小さくは家族という意味までを含めた様々な社会)があってもいいんじゃないかな?、と思った次第です。特にこんな病気を持った私達は“(いろんな)社会が作った常識”に振り回されるのは疲れるだけだし、そして今まで信じていた自分の価値観を、必要に応じて必要な部分を変えていかないと生きていけないと私は思っています(もちろんその人によって、変える必要のない・変えるべきではない価値観もありますよん)。

 マサさん、ブログネタをありがとうございました。マサさんもご自分の心身サイズに合った楽しみ方で、「取り残された感」を徐々に感じないようにしていきながら、決して無理せず、お正月を過ごしてくださいね。

 さて私は、お昼にできなかった仕事に今から取り掛かります〜。まずはプレドニン飲んで、身体の景気づけをしようかな(^^)
 

6 Comments

  1. マサ on 2008年12月31日 at 10:46 AM

    今まで信じていた自分の価値観を、必要に応じて・・・
    とよこさんの思い、すごーく頷けます。
    でも私には、すごーく難しい(でも自分自身の事なので簡単なことでもある)
    何が不安なのか、何が気になるのかを書き出してみた
    一つづつ私なりの答えを出し、消していく、全て消える。
    (今、答えが出ないものも勿論ある)
    でも、何か不安で苦しい。
    捨てないといけないものがまだあるのだろう・・・・
    とよこさんのように上手く書けません、ごめんなさい解りにくく

    明日からも、よろしくお願いします!

  2. さとりん on 2008年12月31日 at 5:29 PM

    今年は一杯お世話になりありがとうございました!!

    来年もよろしくお願いします(^^)

    頑張り屋のとよさん
    年末年始も仕事に明け暮れて、大変だね・・・
    休めるときは、身体をいたわりながら行きましょうね!!

    よいお年をお迎えください〜〜〜!

  3. ちょび on 2008年12月31日 at 11:15 PM

    いろんな人のブログを見て、同じ病気でもいろいろな生き方がある事を再認識した1年でした。
    私も自分なりに出来ることを続けていきたいと思います。
    来年もよろしくお願いします。
    良いお年を

  4. toyokosan on 2008年12月31日 at 11:26 PM

    マサさん、ありがとうです。

    >何が不安なのか、何が気になるのかを書き出してみた
    >でも、何か不安で苦しい。
    >捨てないといけないものがまだあるのだろう・・・・
    マサさんの気持ち、とても分かります。
    価値観は思いこみと違って、1日で変わるものではないからね。

    価値観を変えよう、あるいは捨てるべき価値観を探そうとするときは、
    その価値観に伴う行動から考えていってもいいのではと思います。

    私は「やるべきことよりも、やらなくていいこと」を決めていくようにしています。
    例えば仕事の依頼でも、私でなくてもできることなら、やらなくていいことと思い、
    お断りしちゃったりしています。

    周りからはタカビーなヤツ、若手コン猿のくせに仕事のえり好みをするヤツ、
    フリーランスとは思えん変人、カネ儲け出来んわ、とか思われているけれど(^^)
    それでも構いません。それで自分の価値観の整理ができ、それに沿った行動ができるから。

    変人扱いされるのはもう慣れているし、変人やアウトローと言われる人間の方が、
    この国ではマトモだということだと思っているから、変人って呼ばれることがある意味、うれしい。

    「やらなくていいや」と思えることが分かると、「やるべきこと」の優先順位が分かってきます。

    私の仕事の場合、やるべきことの優先順位は報酬額とは一致しないです。
    (報酬額にぶーぶー言うことはあってもね^^)。
    私がやるべき仕事か、私でなくてもできる仕事か、を基準に仕事を選んでいます。
    その仕事の中の価値観が、生活の中の価値観の選択や形成・削除・変更にもつながっています。

    世間と同じようにお正月の準備をして、新年を迎えるべきかどうか・・・
    私にとっては、これは「やらなくていいこと」の中に入ります。

    でも私も迷います。不安になります。捨てるものが分からなくなる時があります。
    そんな時は「明日逝くんだったら、何をする必要がないんだろう。そして何をするべきなんだろう」
    って自分で自分にツッコミ?入れてます。

    いつ逝ってしまうか分からない病気だから(とはいえ長く生きることもあるけれど)、
    この判断基準はある意味とても現実味があり、私にとっては分かりやすいです。

    明日逝くんだったら、お正月を盛大に楽しむよりも、普段通りでいる方が良い。
    明日逝くんだったら、派手に遊ぶよりも現場で仕事をしたい・・・
    そんな感じで自分の価値観を行動から整理しています。

    何かよく分からなくなってきたけれど、迷いながら・考えながら生きていると、
    ALSも嫌がって進行してくれないかもしれません(^^)

    私は今年は疑いから確定に変わった年になったけれど、
    あ、そうですか〜ぐらいにしか思えなかった。
    そこで自分の価値観は揺れなかったし、
    さらに価値観の選択に磨き(?)がかかったように思います。

    健康な方なら体験できない(いつかは体験しないといけないことなんだけど、
    普通は避けて通る人が多い)ことを、病気のお陰で深く考え、
    体験できるようになったことに、感謝しています。
    ALSもちょっとはいいとこあるじゃない、って誉めておこう(^^)

    ではでは、来年もよろしくお願いいたします〜。

  5. toyokosan on 2008年12月31日 at 11:37 PM

    さとりん、ありがとうです。

    出血が止まりつつあって良かったですね。更年期の出血だったのですね。
    排卵のリズムが変わり、ホルモンリズムにも影響し、
    「いつ経血を溜めたらええねん、出血をしたらええねん」って
    さとりんの子宮が一生懸命悩んでいるころなのでしょうね。
    そのうち子宮自身が問題解決してくれることを願って、
    ピルをうまく使いながら、大量出血・貧血を避けてくださいね。

    今年1年、本当にお世話になりました。
    最初はめちゃめちゃ敬語を使って話をしていたのに、
    だんだんタメ口に近くなってきてしまいました・・・。
    関西人の良くないところですね^^

    さとりんからいろんなことを教えてもらえ、とても感謝しています。
    私はさとりんのように、いろんな患者さんと直接会話(メールも含めて)を
    することは少ないし、さとりんとは異なる方法だけれど、
    自分のブログを自分のデータベースと化して、私が学んできたことを言語化していこうと思います。
    ほんの一言でも、他の方に役に立つことができる情報を提供できれば幸いと思いつつ、
    また私が今日もまだ生きているぞーと、友人・知人に生存確認をしてもらいつつ・・・。

    来年もいろいろ教えていただければとてもうれしいです。
    そして一緒に学び合える機会を作れれば、なおさらうれしいです。
    さとりんと一緒に、あちこち出かけるぞー!!

    来年もお付き合いのほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

  6. toyokosan on 2008年12月31日 at 11:47 PM

    ちょびさん、ありがとうございます。

    広島での入院生活、お疲れさまでした。
    長期休暇を楽しめる?ことができましたでしょうか。

    >いろんな人のブログを見て、同じ病気でもいろいろな生き方がある事を
    >再認識した1年でした。
    そうだと思います。いろんな価値観があると思います。あって良いと思います。
    私は(リンクしている方を除く)関西以外の方のブログはほとんど拝見していないのですが
    それでもいろんな生き方があるなあと感じています。

    ちょびさんの生き方(今は特に仕事をしながら生きていくこと)は、
    他の方にとっても、とても刺激になるのではと思っています。

    私はちょっとヘンな仕事人生を歩んでおりますが、
    仕事とともにALS人生を楽しみたいと思っています(苦しい時もあるけどね)。

    あまり組織の役に立たないヤツかもしれないけれど、ALS患者でも仕事ができるということを、
    自分の行動と言語を通して表現できればなあと思っています。
    ということで、来年も「しゃべりと手だけは残してくれー」と叫びながら
    1年を過ごすことになりそうです(^^)

    今年はちょびさんとも出会え、とても有意義でした。
    また来年もどうぞよろしくお願いいたします。
    硬派な?私のブログですが、また遊びに来てやってください(^^)

    新年会の段取りがつき次第、また連絡しますね〜。
    お会いできることを楽しみにしております。

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