Elephant Grave Yard (象の墓場)

 
 Elephant Grave Yard = 「象の墓場」。死期を悟った象が群れを離れ、墓場に向かう。無数の骨や牙が散らばる墓場に身を横たえ、静かに死を迎えるという神話の一つである。そこには象が残した宝物が眠っているとされている(これは観光客の作り話という説もあるようだけど)。私が利用している作業所の社長が神話がお好きであり、私および私がいるこの場のことを、Elephant Grave Yardと表現された。

 象という動物は、昔からとても不思議に思っていた。鼻が長く耳が大きく足が丸くて太く、かわいらしさには縁がないような気がしていたけれど、象の小さな眼にとても魅力を感じていた。また、私が好きな漢字には「象」という文字が多く含まれている。現象、事象、形象、象徴、象形・・・。象に人がくっついた「像」という字がつくもの(例えば映像、画像、偶像など)より、「象」がつくもの・こと・考え方の方が好きである。

 象について知りたくなり、先日、1冊の本を買ってみた。今週はおもしろい・しんどい仕事でドタバタしていたし、今日はあまりのしんどさで1件仕事を延期してもらったりしたけれど、いつも通り夕食後に少し眠った後、この本を読んでみた。

ゾウの知恵

ゾウの知恵

 目次:生きることの意味、からだの不思議、知恵を活かした生活、心を育てる知恵、愛を知る知恵、死と再生。1〜2時間もあれば読めるやさしい本だけれど、象という生き物の一生を通して感じることができる、エコロジーそして人生の哲学書でした。

 象の眼は小さいから、眼(視覚)だけでものごとを判断はしない。鼻(触覚)、耳(聴覚)、臭い(臭覚)などの五感や、そして体温など信じて行動し、生きている。死期が近づいた象がいると察したら、群れ(リーダーはメス)の大人の象と子供の象が、倒れないようその象の身体を支え続ける。でも最期を迎えた象が眼から涙を流した時、支えることをやめ、倒れた象に木や草を掛けて弔い、そしてまた群れは次の道を歩んでいく。群れの誰かがなくなると、群れはその終焉の地を定期的に訪れる。助け合って暮らしている象だからこそ、一人になることの寂しさも知っている。自分たちの将来の世代、他の小動物、時には人を助けるために、長い長い目で見たエコロジーを忘れない・・・。神話とは少し異なる箇所もあるけれど、概ね同じ。象の生き方とそこから学べることが良く分かりました。

 私は、私が死んだ時、絶対に葬式はして欲しくないと思っている。通夜・告別式などせず、ダンナが先に逝っていなければ、火葬式として火葬場でダンナに送り出してもらえたら充分である。お葬式に限らず、他の方の貴重な時間を割くという行為がイヤだし、その時間をぜひぜひ他のことに有効に使ってほしいと思っている。そしてもちろん、お墓はいらないし、作らない。親の墓に入るつもりは一切ない(親の墓もないけれど)。とはいえ散骨はできないから、永代供養にしてもらえたらこちらも充分である。火葬式と永代供養は生前予約しておくつもりでいるし、信頼できそうな業者さんも探し続けている。気管切開および人工呼吸器装着を拒否することと同時に、火葬式で送り出して欲しいということも、何らかの形で明記しておくつもりである。象と同じように死ねればうれしい。

 私はALS患者だから死(死の直後)について考える機会が多くなるのかもしれないけれど、自分の死(死の直後)のことを設計しておきたい気持ちがとても強い(私は人生設計というこの言葉が好きではないが、ここでは自分の価値観に基づく人生設計という意味で使っています)。死の直後のことを設計できれば、何事にも動じず、落ち着いて今を生きていけるような気がしているからである(言いかえれば、死ぬのが恐くて生きてられるかーってことかな?)。とういことで、そんな気を持ちながら、明日もぼちぼち行き(生き?)ましょう。象のような宝物を残せるかどうかは、これからの生き方次第かな?!

 疲れやすくなったし、ドタバタが続いているので、ほんと久しぶりに本を読んだなあ。そうそう、私の棺桶には納品書を入れておきますね>社長どの(^^)。
 

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