同じ震度4でも・・・

 今回の東日本大震災では、大阪も震度4という発表がありました。阪神大震災の時も大阪の私が住んでいる地域は震度4でした。でも揺れ方は全く異なります。今回の地震では、最初、眩暈が来たかな?という思いでした。その内、ベッドや蛍光灯の線も動くので、これは地震だと思い、震源地を調べました。阪神大震災の時は、同じ4でも、揺れが全く異なりました。食器類は諦め、当時使用していたPCラックを手で押さえたり、布団の横にあった本棚を押さえたりと、とても立ってはいられない状況の中で行っていました。震源地が海か直下型かによって揺れ方が違うのか、阪神大震災以降、揺れの目盛りが変わったのか。。

 ただ、どちらの地震の時も、私は偶然、ゲッケーさんに見舞われました。阪神大震災のときは、震災3日目には、緊急物資の送り先が決まっていたので、私は(男性が多い現地の支援者にとってあまり気づいてくれないであろう)生理用品をケースごと送りました。あとは義捐金を送りました。でも今回の地震は、未だに支援物資の送り先が決まっていません。市長村役場に持って行くようにといいつつ、そんなコーナー、まだ出来ていませんでした。物流に関しては、阪神も東日本大地震も同様に閉ざされているように感じます。特に阪神の場合、高速が倒れたので、何十キロと歩いて物資を運んだり、私も歩いてボランティアに行きました。

 今回の地震については、司令塔を買って出たカンチョクトさんの能力のなさを感じずにはいられません。阪神大震災の時は、確か兵庫県知事が司令塔になっておられたかと思います。こういう地域的災害の時は、あくまでも政府主導に拘る首相よりも、地域の組長に司令塔になってもらう方が良いと私は思います。そのため、今回の地震の被災者の方々が普通の生活に戻ることができるには、阪神大震災以上に時間がかかるでしょうね。

 被災はしていなくても、食料などの買い占めをされている方々がいらっしゃるのは、前回も今回も変わりませんね。日本の供給体制はそんじゃそこらでダウンするものではありません。ほんのしばらく待てば、コンビ二にもスーパーにもまた商品があふれかえります。ふつうの日常生活を送りましょう。その中から、自分ができる何かを、震災地に届けましょう。地震や災害の度に、日本国民の国力あるいは民度が強くなっていくことに期待しています。