高年齢者になってからでは治りません。

 この年末年始の大晦日の日、私は義長兄と義次兄の世帯分のお雑煮を作っていました。義兄達の家は、ダイコン、ニンジン、豆腐、小芋を加えたお雑煮です。加えて、知的障害を持った義次兄が大好きなぜんざいも作りました。

 でも私の身体は、それだけの材料を用意して煮込んで仕上げる(よく食べるから量も多い)体力がありません。作り終わると同時に、ベッドに倒れこみました。

 義次兄は明らかな知的障害ですが、義長兄は発達障害でもあり、以下のエッセーと全く同じです。私とダンナが出会う前に生活訓練を受けていてくれていれば・・・と思うことしばしばです。

 若年無職の人達と数年接してきました。それで分かったことは、ニート・ひきこもりは、メディアを賑わすような「怠け」の類では断じてありません。彼らはややもすると、一般人よりも真面目なのです。
 しかし彼らの多くに共通するのは「生活面の才能が極端にない」と言う弱点があり、その上で「羞恥心が非常に強い、人の評価を異常に気にする、人の態度や言葉に傷つき易い」のです。その共通性は、類似を超えて、一種の疾患や障害にさえ感じます。それらの性格がその弱点を、人に伺い克服する機会を阻み、深い交友関係も築かせず、結果「基礎的な生活能力・知識」に極度に欠ける事態を生んでいます。
 そう言った人達に、いきなり職業斡旋だ就職案内だは全く無意味です。彼らが真に欲しているのは、実はそれ以前の「基本の自信」なのです。悩みに耳を傾けず無茶な要求をいきなり突きつけて、従わないと「えり好みしている」「働く気がない」と責め立て彼らのせいにする。そう言う場面を幾度も目にしてきました。親ですらそうなのです。

・引っ越し⇒不動産の利用・契約の仕方、敷金など
・一人暮らし⇒炊事洗濯の仕方、服を自分で買ったことがない、電気通信各種契約の仕方
・出張、遠出⇒飛行機・新幹線の乗り方、ホテルの利用の仕方、浴衣の着方
・地理、移動⇒車の知識、近所しか地理を知らない、時間通りにつけるか
・付き合い⇒幹事とは何か、店の予約の仕方、携帯・クレカの契約・利用知識、飲み会・カラオケへの恐怖
・社会人マナー⇒挨拶の仕方、上座下座、スーツ・靴のメンテ、電話の受け答え、税関係

 社会常識がないことを恥入り、それを知られ軽蔑されることを脅迫障害的に極度に恐れ、若い間に経験する機会を持てずにいたのです。そのまま「訊かぬは一生の恥」の年齢に達し、完全に歩を進められなくなったのです。
 日本人は、悩みにすら線引きをしたがり、許せる枠から外れた悩みには途端に狭量で残酷となりひたすら批判の手を緩めず、「甘え」と罵るだけで教えることを拒み続けます。それを悟っている彼らが打ち明けられず成果が出ないと、それさえも彼らのせいにするのです。
 絶対に嘲笑せず「生活訓練」で不安を取り除く、たったそれだけの優しさで人を救えるのに、です。

 http://sqiz.tumblr.com/post/40007371377 より

 時すでに遅し。来年はお雑煮を作らないと宣言しましたが、またダンナが頼み込んでくることでしょう。もちろん、お餅すら自分達で準備していませんでした。ちなみにあれだけの量(昔の6-8人前のお鍋の3分の2の量)を作ったのに、もう2日目にはすっからかんで、義次兄がパンを買いに行ったとのこと。

 普段の食事は安価なスーパーの惣菜で済ましているようです(ウチもダンナにそれをお願いすることがあるけれど、もう少しマシなスーパーで買ってもらっています)。知的障害の兄は食べることを控えるということが分からないので、いつもお腹一杯になるまで食べ続け、そのためにかなり太っております。

 どちらも障害手帳を持っているので、自立支援法でヘルパーさんに生活訓練をお願いしたいと行政に相談しに行ったところ、兄弟共元気なのでヘルパーは認められないとのこと。認められるのは障害者デイだけだとのこと。義次兄だけでもデイに行ってほしいけれど、行きたくないとのこと。

 このエッセイがそのまま義長兄に当てはまります。生活訓練、子供さんが小さい時からやって見られた方が良いですよ。そこで何かおかしいところが発見されたら、療養のチャンスです。ぜひ、療養の機会を逃さないでくださいね。
 

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