何故、私が自覚ウツになるのか。

 私の生活は、ケアの支援をしてくださっている方がいらっしゃる時とそうでない時では全く異なります。今日はケアマネのAriさんに、STさんのことで相談していました。私の住む市では1件しか訪問STさんがないとのこと。訪看さんの滞在時間が圧倒的に短くなってしまったため(私にとっては非常に辛い)、口腔ケアをお願いすることができなくなってしまいました。かつ最近、唾液が増えてきているような気がするので、STさんを探していただくことにしました。

 同時に、訪問(ないしは外来:送迎はないけれど)リハも探していただくことになりました。今のリハのセラピストさんにお願いできるのは、時間(期間)的に限りがあるのです。どちらも急いでいるわけではありませんが、早いめに*月からよろしくお願いしますと、予定を空けておいていただく必要があるかと思ってのことです。今のリハ病院のリハも、他のセラピストさんにお願いして、回数を減らして出かけます。一応、私のBiPAPとカフアシストの管理病院ですから。。。

 タイトルの内容ですが、Ariさんも訪看のriverさんも(とよダンナ兄弟のことで)一人でがんばりすぎとおっしゃってくださいました。では、どこかへ相談に行くのか。正直、私は、福祉の学校を出て福祉の相談員をしているという、国の考えの福祉で染まってしまっている方と相談しても、何の埒も開かないと思っています。

 はっきり言えば、一部を除く福祉専門家を信用していません。あなた方のワールドに染まって入る限り、日本の福祉は良くなるはずもなく、とよダンナ兄弟が救われることもないんですから(ただ、もう少し本人達も自分で動いて欲しいと言う気持ちはありますけれど)。

 あと、特定の学会に染まっているカリスマの話を聞いても意味ないし、ましてや大阪でキョーレツな運動を展開しておられる方々とも一定の距離をおきたい。そうなると、自分で動き、自分で兄弟を動かすしかないのです。だから私は自覚ウツになってしまいます。

 商工業や診断士の世界だけでも十分に感じてきたことが、福祉の世界ではもっと強く感じます。要はいかに国に使われるかと言うことです。国は許認可業として、国の思い通りに福祉を動かそうとしています。今日までに仕上げないといけない仕事(でも仕上げるにはミスを発見したので問いあわせしなおし)も許認可業ですが、国の基準で納得するような診断報告書を書かないといけません。

 とはいえ、許認可で縛られることがダメであると言っているのではありません。ただ、縛る対象がコントロールではなく、ガバナンスであるような気がしてなりません。全国画一の福祉サービスを作ってどうするんですか。その中身についての努力は事業者任せなのに。

 最初から儲からない事業を押し付けることが、ガバナンスと言えるのだろうか。不思議で仕方ありません。

 こうして私は、今日も自覚ウツになるとよ猿であった。ちゃんちゃん。
 

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