「家族がいる」の謎。<11/24 PM22:30加筆修正>

 散々迷った電気グリル鍋、注文しました。それも2つ。1つは義長兄&義次兄のウチに渡すためです。知的障害のある義次兄にガスを使わせるのが徐々に恐くなってきたので、電気グリル鍋を使ってもらおうと思ったからです。約2万円の出費。非常に痛いです。私が買いたかった、柔らかい肩紐つきの、軽いカバン(7千円程)を買うことを諦めないといけません(–) 1人で車椅子を運転していると盗難が恐いので、私の肩の傷みでも耐えられるような肩紐がついたカバンが欲しかったのですが。。

 この月曜日に、義長兄&義次兄に家賃の安いところに引っ越してもらいましたが、テレビが映らない、洗濯機の排水溝が使えないなど、いろんなトラブルが発生しているようです。でも、そういったことを体験してもらわないと、彼らの現実を、彼らが理解してもらえないだろうと、私は考えています(その設置に関するお金は、私が払うことになるのですが)。義長兄は、自分で引き起こしたトラブルを、自分の責任と思っていないのですから。昔ながらのアスペルガーです。

 話は変わって、障害者自立支援法でいう「家族がいる」というのは一体何なのか、今、とても不思議に思っています。私と同じ市に住む(保健師も同じ)kohaku殿のブログに、介護保険を使わずに自立支援法にて身体と生活介助を受けているとありました。恐らく、今のところ、福祉用具のレンタルを希望しておられないから、自立支援法が使えたのかもしれません。加えて、自立支援法でいう障害区分が5ないしは6となると(kohaku殿は5であると書かれていました)、通所サービスでは生活介護の対象となりえるので(どの区分でも対象にはなりますが、5や6が優先になります:正式には事業所は収益上、優先に利用してもらいます)、その点からも介護保険優先という「市町村の都合によるルール」が適応されず、自立支援法のサービスを使えたのかもしれません。

 私は義次兄が自立支援法のサービスを使えるよう、既に三度以上、お役所参りをしています。それでも「家族がいるから」という理由で、未だにサービス利用には至っていません。通所サービスなら使ってもらえますとのこと。他の障害者と接したことのない義次兄を、いきなり1人で通所サービスに放り込む訳にはいきません。そのような意味もあって、義長兄に精神保健福祉手帳の取得をしてもらいたいと思っているのです。

 この「家族がいるから」という言葉がとても不思議で、女性患者から見ると、家族(夫など)の帰りが遅いと「家族がいるから」と見なされないケースが続発しているように感じています。簡単に言えば、夕食の準備ができるないしは入浴介助等ができる時間に家族(夫など)が帰ることができるのなら、「家族がいるから」と見なされているように思えて仕方ありません。ウチも、義長兄&義次兄のところも、そう捉えられています。逆に男性患者から見ると、奥様等がご自宅にいらっしゃると「家族がいるから」と見なされるのかもしれません。奥様等が働いていらっしゃっても、晩ご飯の準備の時間までに帰ってこられるのなら、「家族がいるから」に関する患者男女の違いはないのかも知れません。

 義長兄&義次兄は、現在のところ一緒に仕事をしているので(義長兄が義次兄を連れて仕事をしている:仕事量は少ないですが)、「家族がいるから」と見なされているのでしょう。加えて、発語が少々ある知的障害なので、障害区分はおそらく4程度でしょう。

 この障害区分、私の住む市では、私の場合、本人が聞いても、担当者が上司に教えてよいかどうか確認してからでないと教えてくれませんでした。自分の個人情報なのに、おかしな話です。なので、義次兄の障害区分は、私には教えてもらえません。ちなみに私は、障害区分4です。なので、通所サービスでいう生活介護の対象に当てはまるかはまらないかのギリギリのところです(但し、2年近く前の区分認定ですので、再認定してもらうと変わるかもしれません)。いずれにせよ、福祉用具をレンタルしている私は「市町村の都合によるルール」が適応されてしまい、自立支援法による身体および生活介助は(介護保険を使い切るまで)受けられません。「市町村の都合によるルール」による、介護保険優先です。

 なのに、以前ブログで書きましたが、私は介護保険による生活支援も、(話にならない)保健師と(恐い恐い)市役所の給付課の担当者によって打ち切られてしまいました。そのため今は、ヘルパーさんナシです。身体介助なら、ヘルパーさんに入っていただくことが可能です。でもそれなら、今のところ訪看さんにお願いしたいと思っています。ヘルパーさんは「原則」、経管栄養のカテーテルを胃ろうボタンに差し込んでもらうことができませんから(医療行為と見なされているので)。そもそも、経管栄養を用意してもらうことが、身体介助の一部と見なしてくれるのかどうかも分かりません。

 また義次兄の話に戻りますが、義次兄と一緒に料理を作る支援をして欲しいと、私は市役所に依頼し続けています。でも、未だに叶いません。「家族がいるから」という呪縛は、“知的障害があっても可能な料理を、共に作りながら教えてもらう”と言うことすら断ち切ってしまうようです。このままでは、もし義長兄が先に亡くなってしまったら、義次兄は障害のグループホーム(ないしはケアホーム)にも入ることも出来ません(ある程度、自立していることが求められるため)。加えて市役所は、65歳を過ぎたら障害のグループホーム等ではなく、介護保険グループホーム等に入ってもらうことになると申しています。但し、それまでに、認知の傾向が見られないと、そこにも入ることができません。介護保険グループホーム等は、認知症の方を対象としているからです。

 「家族がいるから」・・・家族がいたって、私の住む市でさえも、このような矛盾点が蔓延っています。「家族がいる」って、一体、どういう定義になっているのでしょう。以前、介護保険の(恐い恐い)給付課の担当者と、自立支援法のベテラン嘱託担当者(恐らく退職者の嘱託員)にお聞きしましたが、ケースバイケースです、という返答でした。その1つが、家族の帰りが遅い家庭、ということなのでしょうね。

 家族の帰りが遅いか否かでサービスの利用が変わってしまうことに、非常に腹を立てております。そして、現在だけでなく将来を見据えてのサービスが、自立支援サービスであるべきではないのでしょうか。兄弟共に料理ができない義長兄&義次兄にとって、現在の自立すら支援してもらえないのでしょうか。一体、何が自立なのか、何が家族なのか、さっぱり分かりません。

 今日はかなり怒りまくってブログを書いてしまいましたので、荒っぽい言葉が溢れているかと思います。どなたかを傷つけると言うつもりは全くありませんので、どうぞお許しくださいませ。
 

2 thoughts on “「家族がいる」の謎。<11/24 PM22:30加筆修正>

  1. タケコ 返信する

    toyokosan

    「旦那の出勤時間が早いのと、帰りが遅い」という理由でかなりの時間数をいただいている私からすると、申し訳ないような話しです。

    ただ、旦那が帰ってから(夜10時〜朝5時半)までの間は、やはり同じ様に「家族がいるから」ということで時間数は認められないそうです。

    ってことは、これから私が完全な呼吸器モードになり、夜間何度も吸引が必要になった時には「旦那は24時間起きていろ」とうことになってしまいます。

    こんな制度なんですよね…結局は。
    大抵「ケースバイケースです」なんて言う人に限って「他人事」にしか思っていませんから…。
    (私の場合はたまたまとても良い担当者に恵まれましたが…。)

    義長兄さんがどれくらいの精神障害があるのかが分からないので何とも言えませんが、やはり義長兄さんに精神保健福祉手帳を取得していただいて、出来れば障害者手帳の取得もできると良いですね。

    そうすれば、役所も動かざるを得ない状況になると思います。

    それにしてもtoyokosanの介護保険の件も腹が立ちますよね。

    私はALSになって感じたことは、身体が動かなくなっていくこと等以上に、こういった役所とのトラブルや病院でたらい回しにされたり受け入れて貰えなかったりという精神的なことを乗り越えながら生きていかなくてはならないことだと最近実感しています。

    わたしの場合は恵まれている方かもしれませんが、それでも毎日制度を使ったりレスパイト入院をお願いしたりしなくては生きていけない自分の身体を放り捨てたくなることが度々ですから…。

    誰も好き好んで障害を抱えた訳ではないのに、どうしてこんな扱いを受けなければならないのかというtoyokosanの気持ちは当然だと思います。

    ALSもこれから国を挙げて「在宅へ」ともう既に動き始めているみたいですが、夜間巡回型の訪問事業所でも気切した患者の吸引はしたことがない(熊谷市では)とか、気切している人を受け入れてくれるデイサービスも無い状況で、今後どうやって長期滞在型の療養施設を無くしていって在宅療養に切り替えていくつもりなのか、厚生労働省の人に聞いてみたいです。

    と、ついつい私まで熱くなってしまい申し訳ありませんでした<m(__)m>

  2. toyokosan 返信する

    タケコさん、ありがとうございます。

    もし誤解されてしまわれていたら、申し訳ございません。タケコさんを責めようと思って、今回の記事を書いたわけではありません。言葉を定義できないことは世の中にいっぱいあるけれど、言葉を定義できないために、弱者が更に弱者にならざるを得ないことに、矛盾を感じたのです。

    >ただ、旦那が帰ってから(夜10時〜朝5時半)までの間は、やはり同じ様に「家族がいるから」ということで時間数は認められないそうです。
    今まで、恐らく誰も24時間介護を、行政制度だけで実現されておられる方はいらっしゃらないのではないでしょうか。和歌山市の患者さんはそのことで裁判を起こされていますが、地裁では認められても、高裁では認められませんでしたよね。最高裁がどのような判決を出すかによって、この国では、誰もが24時間、国に守られて生きていけるわけではない(かもしれない)、ということがはっきりするでしょう。

    義長兄には精神保健福祉手帳(精神障害)か療育手帳(知的障害)のどちらかを、何とかして取得してもらいたいと考えています。私はそれでも行政が動くかどうか、疑問を持っています。でも、一部でも動かすことができる、ある意味、手帳を印籠的に使えないかと作戦を練っております。

    私は行政との付き合いが長いので、行政の矛盾は行政担当者が起こしているのではなく(そういう人もいらっしゃいますが)、これは行政システムの問題、縦割りの弊害であると思っております。縦割りが悪いのではなく、その弊害が起きている状態が、現在のこの国の姿でしょう。

    家族介護からの呪縛を解くために始まった介護保険も、地域での暮らしを推進していくために始まった自立支援法も、現場の準備が届かず、そして現場や地域の理解を得る前に始まってしまいました。そこから引き起こされている問題の1つが、「在宅」という言葉の定義です。国民を24時間守ることすら出来ない法律で、国民を24時間、在宅で縛りつけようとしているわけですから、こんなおかしな話はありません。

    とはいいつつ、新しい法律にも(ついでにそれを作ろうとしている民主党にも)期待はできません。今の私達は、自分達の工夫で自分が24時間生きていけるようにしなければいけない、ということなのでしょうね。

    タケコさんがレスパイトを利用しながら、24時間在宅が実現することを、微力ながら応援させていただきますね。

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