メリクリに、今年の私を振り返っております。

 メリクリです。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。私は(今年亡くなったけれど)叔父がカトリックの神父だったので、何故かホーリーネームを持っています。おじいちゃん子だった私が小学校の時に、おじいちゃんが亡くなりました。私は大泣きしながら、先祖代々仏教を愛し続けたおじいちゃんの遺体に数珠とロザリオが架けられているのを見て、おじいちゃんはどこに行ってしまうのだろうと考えた記憶が未だに消えません。

 そんな私ですが、メリクリは好きではありません。某コーラのメーカーが中心になって作られたクリスマス物語、ついでに某チョコレート業界が中心になって作られたバレンタインデー物語、つまり商業化されたイベントには乗っかるのが好きではありません。ホーリーネームは持っていても、カトリック信者ではありません。という訳で、年末よりも私の今年を振り返ることができるのがメリクリです。

 またまたついでに、今日も明日も、私はウチで1人で過ごします。園芸業界で働くとよダンナは、メリクリは各地の応援で大忙しだからです。明日は徹夜で、クリスマス装飾の撤去&お正月装飾の搬入の応援です。私も園芸業界に勤めていたときは、クリスマスイブの前日から大晦日まで、睡眠時間は3時間もありませんでした。今となっては懐かしい思い出ですが。そんな訳で、みなさんがご家庭やパートナーさん達とクリスマスを楽しんでおられるだろう時間帯に、ブログを書いています。あ、いじけている訳ではありませんので。

 話は変わって、昨日のうさぎさんのブログに、以下の一文がありました。そして私は、同じく以下のようにコメントしました。

<うさぎさんのブログより>
 わたしは、患者さんの友達が少ないので、ご本人を知らなくて申し訳ないのだが、長岡紘司さんという大先輩が、この世に残した最後のメッセージ。呼吸器をつけて30数年生活を徹底的に楽しんだ方だと伺っている。「生きよ、生きよ」の言葉がこだまのように頭の中を渦巻く。

 「不幸にして罹患した者よ 敢えて言う 生きなさい そして 周りの者達を正しなさい。愛はなくとも人の心があれば良いのです。そして自分は自分の心を持ちなさい。そして如何に辛くとも治ることを信じて生きなさい。生きよ、生きよ。」

<私からのコメント>
 「それっておかしいんじゃないの?」
 最近、この言葉を連発するようになりました。

 「私はこういう考え方をしているから」
 同じく、この言葉も連発しています。

 病院や業者から見たら、私はイヤな客です。
 でも私も、あなた方をイヤと思っています。

 特定疾患は満たしているけれど、進行の仕方・出方がおかしいので、医学的にはALSとは認められないと初診病院に言われ続けて約3年。それでも、ゆっくりながらも、障害は進んできています。もう病名はどーでもいいです。生きることは目的なのか手段なのか、そんなことを考えながら、障害と付き合っていっております。ちなみに私にとって、生きることは手段だろうな。

 あえてクリスマスイブの日に今年を振り返ると、うさぎさんのブログへのコメント通りの生き方をしてきたなと感じています。私は生きることは手段であると考えているから、気管切開をするつもりがないので、“生きよ、生きよ”、の部分は残念ながら長岡様のようにご一緒できないけれど、その他の文章にとても共感を覚えました。

 元々はどのような由来で始まったのか分からないけれど、こちらも商業化してしまった年賀状。いつも作成は大晦日にしています。なので、元旦に届くということをしたことがありません。何でもギリギリまでやらないのが、「変態とよ猿」という生き物の特徴です。でもアナログっていいね。自分の消息を他者に伝えて欲しい時に、誰かに年賀状を渡しておけばいいのですから。こればかりは、便利なメールも敵わないですね。

 さて、冷凍食品の焼きおにぎりでも食べるとするか^^ メリーおにぎり。何のこっちゃ。