咲洲庁舎に出かけてきました。

 
 昨日は、大阪府咲洲庁舎まで行ってきました。もう何年前になるのかな、関西に住む患者メンバーで新年会をした時の会場であったWTCが、今は「大阪府咲洲庁舎(旧WTC)」とあちこちの看板に書かれています。ハシゲの遺物です。地震が来たら、埋立地が崩れて、建物ごと水没するでしょう。話がズレました。私は地下鉄中央線でコスモスクエア(終点)まで行き、本来ならそこで乗り換えて一駅乗れば、咲洲庁舎の真ん前に着くのですが、コスモスクエアから歩いて8分と書かれていたので、電動車椅子なら20分あればいけるだろう、時間も余裕あるしと思ったのが大間違い。20分じゃ着きませんでした。

 咲洲庁舎の中に入ってからも、迷子の連続。一度、来たことがあるとはいえ、以前は車で来たので、あまり周りを覚えていません。しかも電車の場合、通常は車(身障者専用駐車場)での来庁と、入り口が反対側になります。どこにEVがあんねん、と迷いに迷いました。何か想定外の出来事があったらダメと思い、到着時間を私の予想より30分ほど長いめにして先方に伝えておいたのが幸いしました。その時間ジャストに到着しました。

 何をしに、山の麓(ウチ)から海の横(咲洲庁舎)まで東西をまたいで出かけたかというと、私達が提出した企画がコンペで落選した理由と(企画書を書いたのは私。だから私の責任)、どのような審査が今回行われたのかを聞きに行くためです。私は自分自身、いくつかのコンペの審査員をしています。けれど今回は書類だけで落とされたので、民間のコンペではないのに、なぜ私が関わっている(各地の行政機関の)コンペ審査とこんなにも審査方法が違うのかをヒアリングしたかったからです。その理由は分かりましたので、「緩やかなネットワーク」で結ばれている専門家の方々には、別途、メールでご連絡いたしました。私の結論的には、プレゼンが出来ないほどの応募数じゃなかったんだから、プレゼンをして欲しかった、府の結論的には、他の事業ではプレゼンをしたのに本事業では実施せずに申し訳ございません、となりました。

 少し前から、このブログで「感受性」という言葉を数回使うようになりました。上記の件についても、私の感受性が、どうしても理由を聞きに行こうと肩(背中かな?)を押してくれました。

 そこで先日、久しぶりに、詩人(故人)の茨木のり子さんの詩集であり、その中の詩が書籍のタイトルとなっている『自分の感受性くらい』という本を、本棚から探し出そうと思い、本棚を漁っておりました。しかし、ない、ない。どこへ行ったのか。間違って、BOOK OFFに出してしまったのか・・・。仕方がなく、もう一度、Amazonで買い直しました。新装版になってしまっていて、以前の趣を感じられず、ちょっと残念です。

 上述のように、書籍(花神社発刊)のタイトルにもなっている、1775年に初めて発表された茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」の詩を、以下に引用させていただきます。自分自身への再確認として、です(みなさんも読んで、と押し付けているわけではありません)。

            ぱさぱさに乾いてゆく心を
            ひとのせいにはするな
            みずから水やりを怠っておいて

            気難しくなってきたのを
            友人のせいにはするな
            しなやかさを失ったのはどちらなのか

            苛立つのを
            近親のせいにはするな
            なにもかも下手だったのはわたくし

            初心消えかかるのを
            暮らしのせいにはするな
            そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

            駄目なことの一切を
            時代のせいにはするな
            わずかに光る尊厳の放棄

            自分の感受性くらい
            自分で守れ
            ばかものよ

                             茨木のり子「自分の感受性くらい」1975年より

 「私の仕事の根本思想」=「生きていくための基本方針」は、やはり感受性です。感性とも感情(ないしは情緒)とも異なる、感受性です。久しぶりに茨木のり子さんの詩を読んで、改めてそう感じました。感受性の強い人・弱い人、感受性を持つ人・持たない人、感受性を活かす人・活かさない人等、いろいろあると思います。私のように、感受性を仕事の根本思想にしていたら、そりゃ儲からないでしょう(だから私はビンボー人)。でも、ビンボーなことを、感受性の責任にするつもりはありません。

 私は感受性を「生きていくための基本方針」にしていますから、頭か心か分からないけれど、常にアンテナが動いているような気がしています。だからといって、何もかもを感受している訳では有りません。感受しても感受性として受け止められない(受け止めない)ことももちろんあります。そこは、仕事の方針である「臨機応変」の登場です。いい意味の適当です。“なーなー”ではありません。自分のもつ感受性を働かせることが可能な領域を、臨機応変に変えて行っております。

 自分の感受性は、自分で守ろう。茨木のり子さん、本当にありがとうございました。茨木さんに是非、今の時代をみて、感受性についてどのように思われるかお聞きしてみたいです。もうお話しすることは出来ませんが・・・。

(府庁がらみのおまけ)
 新しいマツイ府知事(ハシゲの操り府知事)は、在籍4日にて既に冬のボーナスが73万円支給されたとのこと。府の条例で、在籍1日からボーナスが出るようになっているらしい。返せよ。返すのにも議会を通さないといけないけれど、返せよ。あんたの4日間のスケジュール見てたら、あいさつ回りと各部からのレクチャーだけでしょうが。府民に対して何をした?!
 

6 thoughts on “咲洲庁舎に出かけてきました。

  1. Y・S 返信する

    茨木のりこさんの詩を読んで朝から涙してしましました・・・もっと強くなりたいです。
    府の訪問、お疲れ様でした。 今回も何もお手伝い出来ませんでしたが、またご一緒
    できる日を楽しみにしています。

  2. いいにく 返信する

    お疲れ様です。
    茨木のりこさんの詩、効く〜・・・
    他人のせいにしたり、自分行動を返り見なかったり、よくよくあることだと思います。
    だけど、結局自分の行動が自分を苦しめている場面もあるんだなって感じます。

    感受性を持つ仕事としてヘルパーさんも挙げられるとおもいますが、まず社会人ベースがあり、ヘルパーとして現場対応してもらいたいと思っています。
    1対1の現場だからこそなんですがね。

    仕事に対する了見をもってますか〜?

    今回のブログ読んでたら、師匠が弟子に「了見」
    (ビックコミックオリジナル連載中の<どら息子>落語家目指すお話!)
    を問う回を思い出しました・・・
    意味違うかな〜?

  3. ぐりぐりももんが 返信する

    感受性って、ひ弱に思える印象もあるんですが、平たく言えば”固定観念にとらわれず素直に受け止めて理解できる能力”って、ことじゃないでしょうか。
    ビジネスの世界ですと、商売の場の雰囲気に対する受信力みたいなイメージです。
    だって、アンテナショップって言いますもの。
    受け止め方が、年を取って頑固になってステレオタイプになっていないか。
    年を取っていても、言い意味で何事にも感性はあったほうが言いと思ってます。

  4. toyokosan 返信する

    YS先生、ありがとうございました。

    私ももう数十年前(確か高校生の頃)、この詩を始めてみたときに涙が出てきたことを覚えています。それから倍以上の年月が立っても、やはり涙が出てきます。日々のことでドタバタしているうちに、この詩の伝えたいことを忘れてしまっているのでしょうね。

    YS先生、もう十分お強いですよ(お酒が、というわけではなく^^)。でも、もっと強くなりたいと仰るお気持ち、とても分かります。自分が強くなると、また新たな、自分を強くえざるえを得ない出来事がやってきますから。。

    府の件ですが、私が慌てて作った企画書のため、いろいろミスがあったなあと改めて反省しております。またチャンスを作って、ご一緒できることを願っております。その際は、どうぞよろしくお願い申し上げます。

  5. toyokosan 返信する

    いいにくさん、ごぶさたしております。

    茨木のり子さんの詩、効きましたか。ちゃんと自己評価しないと、自分を見失うぞ、といわれているような気がしてなりません。

    ヘルパーさんという職業は、感受性の豊かな方になっていただきたいですね。現場は一瞬一瞬が勝負です。その瞬間を素敵なものにするために、社会人経験を始め、いろんな経験をしておいて欲しいですね。

    仕事に対する了見も必要ですね。ビクコミ、最近は全く読んでいないので、そのような話があるとは知りませんでした。感受性を行動に落とし込んでいくために、了見は必要かと思われます。いろいろ身に着けないと・・・。病人しているヒマがないわ^^

  6. toyokosan 返信する

    ぐりりん社長、ありがとうございます。

    まさにおっしゃるとおり、その場の雰囲気、臭い、動きなどをキャッチする力が、感受性だと思っています。小さい会社なら共通した問題点が大抵あるけれど、それが必ずしも課題とは限りません。私は自分の固定観念を外すために、HPなど以外は極力、先方さまの資料を見ていかないようにしています。特にお化粧決算書に関する感受性が働いてしまった場合は、そちらにひきづられてしまいますから・・・。もちろん、頭の片隅に置いておきますが。

    日本で言うアンテナショップって、ただ単に、その産地のものが、こちらの産地ではどれぐらい売れたかという販売数値評価(売上評価)だけで終わってしまい、お客様の声などを聞く機会というのは少ないのが、残念ながら現状ですね。いくつかアンテナショップのアドバイスに出かけたことがありますが、製造だけで大変で、接客する暇がないなどといった声を良く聞きます。

    新規出店者のチャレンジショップも同様に、これから商売していこうという方が、お客さんの声をちゃんと聞けていない(しゃべられたことだけを、文字通り、ノートに記入しているだけなど)というケースも多々あります。

    受け止め方が頑固であり、受け止めなさも頑固になりつつありますね、このような方々は。。いくつになっても、私も感受性を持っていたいです。商売だけでなく、政治などに対してもですね。

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