人生の「ビジョン」なんて、私にはないよん。

 先日の日曜日、「おすぎ」と「よっさん」にお会いしたときに、おすぎが私のことを、ビジョンを持って生きているよね〜と言ってくれました。でも残念ながら、私にはビジョンはないんだよん。ただただ、運に沿って生きているだけです。

 高校は、***先生に絶対落ちると言われつつ、制服がかわいいからあの学校受けます!とそれだけの理由で受験しました。まさかの合格の知らせを***先生にお伝えした時は、え、受かったん?!と驚かれました。ちなみに後になって、***先生が出世希望だと分かった時、何だか残念な思いを抱きました。現場第一ではなかったんだなーって。

 大学も、高校で習った生物の授業がおもしろかったので、農学部に決めました。それも私立の推薦で合格が決まった後は、公立大学の方を受験するのが疲れてきて、(当時の)共通一次をサボったため、生物の先生にめちゃくちゃ怒られました。でも、今となっては、もし公立大学の方に進学していたら、ノンキャリア官僚の下っ端として生きているでしょう。検疫などをしているんだろうなー。その方がおもしろくないや。

 就職も、大学の先生に決められた実習先(今でいうインターンシップ)にそのまま入社したから、就職活動の経験はありません。まー、安易に高校も大学も最初の就職先も決めてきたわ。オマケに、その時々で興味・関心を持ったものにとりあえず手を出してみて、いろんな資格を受けていたなあ。アマチュア無線とか、4級船舶(今は名前が変わっているはずだけれど)も取得したわ。でも免許更新しなかったから、今はもうジェットスキーにも小型ボートにも乗れないけれどね。そもそも、そんなの運転できる運動神経も持っていなかったしさ^^ 単なる興味本位で受けただけでした。

 私はほんとただ単に、その時に出会った就職先や資格などに、手を出してきただけだよ。その出会いが「運」であり、言い換えればただ単に「運」に沿って生きてきただけなのです。今のビジョンは?と聞かれると、そんなのありませんと答えるよん。あ、「早く死ぬこと」って答えるかな^^ 講座の仕事等ではビジョンが大切とか言うこともあるけれど(めったに言わないけれど)、基本的に、ビジョンに向かって何かを企てて生きていくより、とりあえず試みてみよう、それでダメだったら何がダメだったか反省して次を考えようというように、臨機応変に、テキトーに生きているし、周りにもそんな対応をしております。こんな人間が経営相談しているんだから、相談者もいい迷惑だろうなー。申し訳ないッス。

 病気の数々も、何かの「運」なんだろうなーと思っています。加えて先日、保健師の仕事について、ケースをもう少し一般化しろと書いたけれど、ケアマネさんは「こんなこと書く時間があるなら、自分の仕事をするわ」と仰られました。ちょっと悲しかったな。私も個人レベルのしょーもないことならどうでも良いと思うけれど、ただ、下っ端で働き・介護を受けながら生きている一国民として、その社会(小さい社会:保健所や前の病院など)を見たときに、明らかにこれは単なるサボリ・そこの理念に反する行為であると思えば、言いたいことを言うことにしているだけです。そうでないと、下っ端で生きる人間や患者や障害者は、いつまでも下っ端のままですから。

 言いたいことを言えない社会、私達ワーキングプアががんばっても一向に良くならない社会のあり方等に関しては、私は敏感です。でもそれはビジョンではなく、おかしいことをおかしいと言える国民でありたいだけに過ぎません。これは自分の生き方なんだろうなあ。だから、ビジョンに沿って生きてきたなんてことは、私には当てはまらないです。今回は会えなかった「*っちゅん」や「***ちゃん」の方が、遥かにビジョンを持っているでしょう。***ちゃんは海の中で根を這って生きるワカメみたいに見えるけれど、ビジョンはしっかり持っているだろうしね。*っちゅんは順風満帆に(もちろん苦労もあっただろうけれど)自分の道を自分で作って歩んでいった、正に典型的なビジョンを持った人生でしょう。だから私は、今回会えなかった2人と、かなり違った人生を送っているよーん。

 私達のように社会の下っ端で生きている人間にとって、必要なのはビジョンと言うより、仲間で問題解決しあっていくことじゃないかなあ。企てではなく、試みの人生ですよん。という立派なお題目をつけながら、ただ単に、またみんなに会いたいだけの私であった^^ また遊んでねー。

 昨晩は4回も夜間頻尿&自己導尿に恵まれました。今もトイレ帰りです。あー幸せだー。ブログ書いて気分転換したから、あと1時間くらい眠れるかな?