経営支援者の適正な報酬って?!

 先週の木曜日、府の審査会の、第1回目の会合に出かけてきました。私の本名をご存知の方は、もう少ししたらその審査会の審査員として名前が出ます。このお仕事、昨年からハシシタ旧知事の肝入りで始まったけれど、府の中でも予算がとっても少ない部署であり、今年も予算が削られ、とうとう1回の報酬は1万円を切ってしまいました。それを安いと見るか、高いと見るか、今、考えています。

 昔、診断士の大先輩に、「1人で稼ぐのは2千万円が限界だな」とお聞きしたことがあります。また別の先輩からは、手間かかるからメンドーな割に儲からないから、一部を除いて「50万円以下の仕事はしない」ともお聞きました。加えて、今が盛り(イヌ・ネコじゃないよ)の方は、時間的にはフルに働いているけれど、民間直接の仕事が少ない(行政からの仕事が多い)から、消費税対象の売上には届かないなあと仰っていました。

 上記の皆さんに共通するのは、小規模という枠組みを抜け出された企業さん(法人格の有無と種類は別として)を得意先としてお持ちになりつつ、あとは行政から小規模事業所の応援を頼まれたり、大学等の先生をされたりしています。この中で、行政から依頼を受けてアドバイスを受けている小規模企業だけが、自らお金を出す必要はありません(但し、施策によります)。

 私は約3年間、某政策実施機関で小規模事業所ばかりを見てきました。今も殆どが、小規模事業所さんがお仕事のお相手となっています。言い換えたら、事業所さんも私も『生業』として、お付き合いをしています。特に私が病人&障害者になってからは、その傾向が強まりました。障害者だから避けられたケースもありますが、それは別に気にしていません。自分と違うものを見ると驚き、拒否するのは人間の本能ですから。

 そんな中、小規模事業所さんの商品・サービスをお客様に届け、小規模事業所さんも私もお互いが『生業』を保てるための応援に罹る適正な報酬というのは、果たしていくらなんだろうと、この頃、考えるようになりました。

 例えば和菓子屋さんから1日2時間程度のアドバイスで、仮に私に2万円頂くとなると、その2万円を稼ぐのに和菓子屋さんはどれだけ商品を売らないといけないのか。そう考えると、専門家の報酬の考え方にいろいろと疑問が沸いてくるようになりました。そもそも、専門家って何?とも思うし、小規模事業所さん自身、その負担を一体どのように受け止めておられるのかわかりません(決算書は”あえて”見ないことも多いですし)。

 私が小規模事業所さんと仕事を始める時は、大抵「売上を上げる保証はしません」と言います。SWOT分析もしません。小規模事業所さん=その家族等が今ここにいる、ここで生きて、ここで食べる分を稼いでいるから、ビジネス環境のみを分析しても状況判断は上手くは行きません。「その家族等の本質的なもの」、「その家族等の事業所の本質的なもの」を捉えないと、分析にはならないし、それを用いた認識と行動の変化にもつながりません。言い換えれば、手間のかかるメンドーな仕事です、上述の先輩診断士が仰るように。

 この「メンドーなもの」。時にはケンカし、時には私と縁が切れ、時には涙を流し、時には家族ゲンカになる。でもそれが、「経営は人がするもの」の原点なんですよね。その原点から始まって、こうして今は大企業やベンチャー企業などが生まれてきている訳です。私はカウンセラーではありませんが、本質を捉えるのがクセになっており、いつの間にかそれを表現物や商品などいろんな形に変えて行っています。Facebookで森下大先生の読書会メンバーのみなさまがお読みになったとおっしゃっていた、西條さんの本にあった認識論(構造構成主義)が、私にはピッタリくるのです。

 そんなことを思考したり感受したりしながら、報酬との関係を考えています。小規模事業所がいろんな波に飲み込まれないよう、今そこに立っているその場所で、ぜひ『生計』を立てて行ってほしい。それを病気と障害を持つ私は、自らも『生業』としてどう応援できるのか。しばらく悩んでみたいと思います。答えは出るかどうか分からないけれど、「企て」ではなく「試み」としてカランコロンの頭をひねってみます。

 ごめんなさい。何だか意味の分からない文章になっていますね。何が言いたいねんと思われた方、どうぞ無視してやってくださいませ。変態の独り言ですので。

 さてそろそろ指も限界に来たので、ベッドで寝転びながら胃ろうタイムに入ろうと思います^^ ブラインドタッチが出来なくなったのが、かなりの痛手でございます。悔しいなあ。ではでは。
 

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